宇和島グルメ寿司 すしえもん

寿司への想い

出逢いに感謝 ── 宇和島の海とともに歩む「すしえもん」

出逢いに感謝 ── この言葉は、私の人生そのものです。

野球選手として歩んだ日々は、怪我とともに終わります。そこからの再出発で出会った宇和島の海と魚、生産者や仕事仲間たち、そしてお客様とのつながりが、今の「すしえもん」を形作ってきました。私にとってこのお店は寿司を売ること以上の意味を持つものです。宇和島という土地の魅力を、魚の美味しさを、さらには人に感動を届ける”手段”だと、私は信じています。

これまでの道のりと、これから描く未来について、心からの感謝を込めてお話しします。

大漁旗

野球から水産業へ ── 再出発の経緯

私は宇和島で生まれ育ち、子どもの頃から野球一筋の人生を歩んできました。一旦就職しましたが夢を諦められず、プロの世界にも飛び込みます。しかし23歳の時、怪我をきっかけにその道は絶たれました。2年という短い現役生活に悔しさや情けなさを抱えながら、宇和島に帰る決心がつかずにいました。

結局、今治で”途中下車”して、住み込みで接客の仕事を見つけます。野球しかやってこなかった私にとって、資格不要な仕事は現実的な選択でした。振り返ると、ここでも人との出会いに恵まれました。店長には本当に可愛がっていただいて、今でもゴルフをご一緒するほどの関係です。

25歳の時、父の勧めでついに宇和島へ戻ります。地元のハローワークで求職情報を眺める中、ふと目に留まったのが「水産用医薬品・飼料の営業」という求人。海が好きだった私にとって、何か運命的な巡り合わせを感じました。

入社してからは、海と魚にどっぷりと浸かる日々が始まります。長靴を履いて養殖場を巡り、ビタミン剤や飼料を提案する日々。ある時、お客様からいただいたブリや鯛を家で食べてみて、心底驚いたんです。「宇和島の魚、めちゃくちゃうまい」と。これが、私の人生を大きく変えることになった“最初の感動”でした。

岩村選手

「宇和島の魚の魅力を全国に届けたい!」

営業として日々漁場をまわりながら、ブリや鯛の美味しさに触れるうちに、次第に「宇和島の魚をもっと多くの人に知ってもらいたい」という思いが強くなっていきました。 豊穣な豊後水道で育まれた宇和島の魚は、鮮度も味も本当にすごい。なのに、全国ではまだまだ知られていない。これを広めることが自分の使命なんじゃないか。そう感じたんです。

29歳の時、会社が営業所を閉じるというタイミングで、私は迷わず独立を決め「アクアプラス」という会社を立ち上げます。漁港のすぐそばという立地を活かし、生産者から直接仕入れた魚を一次加工した上で生のまま真空パックにして、氷漬けで全国へ発送する仕組みをつくりました。これが、私が現在営んでいる事業の出発点です。

漁場

魚の販売を通して、宇和島の魅力も伝わっていく。そう信じて営業活動にも力を入れました。弟が現役のプロ野球選手だったこともあり、彼の縁で東京や大阪などに足を運び、著名人の方々にも宇和島のブリや鯛を食べてもらったんです。その反応から、さらに自信を得ました。

「宇和島の魚は、どこよりも美味しい」

ただの地元びいきではありません。実際に食べてもらえば誰でも納得する味だと、私は確信しています。ここの魚が全国の食卓に並ぶことで、地元の生産者も誇りを持てるし、もっと多くの人に宇和島を知ってもらえる。そんな未来を描きながら、ひたすら魚を売り続けてきました。

そのうちに、魚を売るだけでは物足りなくなってきました。自分のお店を持ち、その魚を最高の状態で食べてもらいたい ── そんな想いが、新しい挑戦へとつながっていきます。

ぶりしゃぶ

「すしえもん」のこれから ── ”目的地”となるお店へ

そうして宇和島で最初に出したお店は、焼肉と魚を両方味わえる、まさに“自分の好き”を詰め込んだ一軒でした。その後もホルモン屋、ちゃんこ鍋のお店、そして松山への進出と、思いのままに歩を進めてきました。

そして、たどり着いたのが「回転寿司」だったんです。

正直、当時まわりには猛反対されました。業態が違いすぎる。原価が合わない。競合が強すぎる ── でも私は確信していました。「宇和島の魚なら、必ず喜んでもらえる」と。

「すしえもん」はそうして生まれたお店です。より多くの人に、気軽に宇和島の魚を味わってもらいたい。名前には「子どもにも親しまれるように」との思いで、人気アニメキャラのような響きを込めました。

宇和島本店

一方で、ただ安く早く出すだけの寿司屋にはしたくなかった。だからこそ、あえて単価も少しだけ上げて、お客様には「ちょっと高いけど、ちゃんと理由がある」とお伝えしているんです。

仕入れは全てアクアプラスが担い、港のすぐそばで、その日水揚げされた魚を直接買い付けて発送する。このスピードと鮮度は、他には真似できない私たちだけの強みです。お店では「美味しいに決まっている」と胸を張って言える魚だけを、自信を持って出しています。

市場

今では愛媛だけでなく、全国にもお店を広げました。でも、店舗を増やすことが目的ではありません。「すしえもん」があるからその街に行きたい。わざわざ足を運びたくなる。“目的地になる寿司屋” ── それが、私たちが掲げる目標です。

次の10年は、宇和島の名前と魚をもっと多くの人に届けていきたい。「日本海産」や「北海道産」と聞くと美味しそうに感じますよね。「愛媛産」「宇和島産」もまた、多くの方にそんなイメージを持ってもらえるよう、食のブランディングに力を入れていきたいと考えています。


出逢いに感謝 ── 全ての人とのつながりを大切に

お店の壁にも、そして私の心の真ん中にも、いつもある言葉があります。

「出逢いに感謝」

この言葉に、今まで私は支えられてきました。野球を断念した時、何もできない自分に絶望しかけた時、道を照らしてくれたのは、いつも誰かとの出会いでした。今治で住み込みの仕事をしていた時の店長。港で魚を分けてくれた漁師さん。仕入れ先のバイヤーさん。共に働く仲間たち。そして、お客様。どれが欠けても、今の私はありません。

さらに、たまたま案内されたお店でインスパイアされた料理、たまたま見つけた空き物件 ── こういった”偶然”を見逃さず、つかんで形にできたのは、出会いを「縁」に育てようと、本気で向き合ってきたからだと思っています。

「すしえもん」はもちろん、他のグループ系列店も、全ては出会いの連鎖で生まれたお店です。そして、そこに集まるスタッフやお客様もまた、新しい出会いを積み重ねて今があります。

私は自分の仕事を”ただ料理を出すだけ”でなく、”人が人に感動を届けるもの”だと感じています。その中心にあるのが、出会いへの感謝です。私は、これからも宇和島の魅力を伝えることを通じて「人と人をつなぐ場所」を創り出していこうと、決意を新たにしています。

どんなに時代が変わっても、どれだけ店舗が増えても、「すしえもん」は宇和島の魚と心を届ける“目的地”であり続けます。

今日も、あなたとの出逢いに感謝して ── 。

株式会社ビストロプラス代表取締役

岩村敬士
宇和島の夕陽